大判例

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名古屋高等裁判所 昭和48年(ネ)289号 判決 1976年10月27日

控訴人

松崎喜三郎

(別紙選定者一覧表記載七七名の選定当事者)

右訴訟代理人

中村亀雄

被控訴人

株式会社市川造船所

右代表者

市川明

右訴訟代理人

浜田盛十

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件選定者七七名がいずれも被控訴人に勤務する従業員であること(ただし、杉森明雄は、昭和四六年一〇月二日退社した。)被控訴人が昭和四六年七月二四日選定者らの所属する全日本造船機械労働組合市川造船組合(以下組合という。)との間で、従業員各自につき、つぎのような計算式により算出した夏期一時金を、同年八月一〇日に支給することを協定した。

しかるところ、被控訴人は、選定者らが昭和四五年一二月五日から昭和四六年一月三日にわたつてなした時限ストライキに参加したことを理由として、前記算式により算出した選定者らの夏期一時金から、原判決添付一時金カツト一覧表控訴人の主張欄記載の各金額を控除した金額を選定者らの夏期一時金として支給したことについては、いずれも当事者間に争いがない(ただし、前記算式中、平均基準日額については、争いがある。)。

二(一)  控訴人は、一時金は生活保障的性質を有する賃金であるから、ストライキを理由としても、削減できないと主張するので、この点について判断する。

(1)  <証拠>を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。

被控訴人は、昭和一八年一二月に設立され、昭和三七年に組合が結成設立されたのであるが、一時金については、昭和三九年頃までは、決算時の会社の営業成績の見通しをつけた上、それに応じて、毎年四月に年度末賞与を、また、これと別に、毎年夏期と年末の二回会社幹部が従業員各別に、その給与額、勤務年数、勤務成績に照らし、これを勘案して支給額を決定し、これを賞与として支給していたが、昭和四〇年から、夏期及び年末に、その都度組合と被控訴人とで労働協約を締結して決定するようになつた。昭和四〇年から昭和四三年八月末までは、従業員の出勤日数、被控訴人側で定めた稼働日数、組合との協約で定められた標準平均額を一定の算式で算出した数額と、期間中の各人の勤務成績、勤務態度、技術程度などによる総合考課により、上中下の三段階に分けて算出した数額とを合算して算定していたが、考課による数額が従業員自ら算定しがたいことと、一時金にまで考課査定をされては困るとの組合側の要望を容れて、機械的に算出する方法を採用することとし、昭和四四年以降は一時金支給の都度、団交による妥結基準額を基本として、

という算定方式により算定されるようになつた。右妥結基準額は、被控訴人及び組合とも固有の算出基準はなく、その都度同業他社のそれを参考とし、これに準じて決定されているのであつて、一時金につき、労使間において、その性質などについては、何らの取決めはなされていない。なお、前記年度末賞与の制度は、昭和四四年以降廃止された。また、被控訴人就業規則第五章給与第一節賃金第七二条には、「従業員に対する賃金の決定、計算及びその支払の方法、締切及び支払の時期並びに昇給、賞与等に関する事項は、別に定める給与規定による。」と規定され、給与規定第二条は、給与の種類を賃金、賞与、退職金と三大別し、賃金を基準内賃金と基準外賃金とに分け、さらに、基準内賃金を基本給と役付手当の二種とし、基準外賃金を早出残業手当、休日出勤手当、有給休暇手当、特殊作業手当、宿日直料、通勤手当の六種としている。同規定第二一条には、「賞与は、原則として、毎年八月及び一二月に支給し、詳細については、その都度決める。ただし、社会情勢の変化等により、経営不振のときは、支給しないことがある。」と規定されている。

以上のとおり認めることができる。

以上の認定事実によれば、本件一時金も賃金であり(前記給与規定第二条は、給与を賃金、賞与、退職金に分けているが、本件一時金が賃金でないとはいえず、前段認定の如き経緯をもつて、団体交渉の結果、使用者たる被控訴人が支払義務を負う以上、賃金であることは明らかである。)、その性質、すなわち、生活補助的ないし労働力の対価としての性質をいかに帯有するかは、右認定事実からいちがいに決定し得ないというのほかなく、控訴人主張のように、当然そのすべてが生活補助的なものとすべき合理的根拠は見出しがたいし、さればといつて、すべて具体的労働力の対価といい切るわけにもゆかない。一般企業において、支給される一時金の性質を区別して支給することのない実情にあつては、一時金の性質を明確に分析把握すること自体困難であるが、普通一般には、(一)夏期、年末時における特別の出費や生活費の不足に対する生活補助的性質、(二)企業の業績に応じた報酬ないし利潤の分配的性質、(三)当該対象期間内の労働力の対価たる賃金の後払としての性質を合わせ有しているのが実情と見られることは、当裁判所に顕著な事実というべく、本件一時金についても、これらの性質を合わせ有するものと見るのが相当であり、ただ、かくいえばとて、その割合を明確にするのは困難であつて、むしろ不可分不明確なものであるというのが実体である。

(2)  もつとも、上述のように、一時金に不可分的に生活補助的性質を有する部分が含まれるとしても、労使間の合意(労使慣行、協約等の特別の定めなど)があれば、これを削減し得るものである。けだし、かかる合意も、労使間の賃金協定として何ら不合理とはいえず、右性質があるからといつて、かかる制約を違法とするいわれはないからである。しかるところ、本件の場合、<証拠>によると、本件一時金は、労使間の協約により、一定期間在籍する従業員を支給対象者として、これに支給されるものであることが認められるところ、(イ)前記本件一時金配分に関する協約中に定められた欠勤控除条項の算定方式である

のうち、「各人の出勤日数」とは、「要稼働日数」から「欠勤日数」を差し引いたものであり、この点からしても、本件一時金は、数量的に一定量の労働の対価として性格付けられている一面があることは明らかである。(ロ)協約上、ストライキを欠勤と区別するむねの規定もなく、かつ<証拠>によると、全日ストについては、右条項にいう欠勤に当るむねの解釈が労使間に定着していると認められる。(ハ)以上(イ)(ロ)を合わせ考えると、ストライキによる不就労は、全日ストたると時限ストたるとを問わず、右条項にいう欠勤に該当するものと解するのが相当である。けだし、時限ストも、全日ストも、ストライキたる性質に変わりはないから、時限ストが本件のように度重なり、全体として、平均66.2時間(八・二七日分)にも達して、実質上全日ストと同一視し得るような場合には、全日ストによる賃金削減との均衡上から、使用者が時限ストについても、これを日数に換算して、欠勤日数とすることは、前記欠勤控除条項の解釈として合理性があり、労使の規範意識に適合し、許されるものといわなければならない。また、欠勤控除条項中、遅刻、早退についてのいわゆる緩和措置と時限ストの関係はどうかというのに、<証拠>によると、本件一時金についての協約(協定書)中には、右一時金の算定に関し、「(一)病気欠勤は規定の手続をした者に限り二分の一出勤とみなすこと、(二)有給休暇、冠婚葬祭による欠勤は、手続上怠慢とみなされる場合は出勤とみなさないこと、(三)月給者の遅刻早退等は日給者との見合いにより、合計時間と延回数に応じて定められた一定の率を乗じた日数をもつて出勤日数として計算すること。」などを内容とするいわゆる緩和措置規定が存すること、右協定書に記載されていない事故欠勤(病気、公傷、冠婚葬祭以外の理由によるもの)の場合でも、無届欠勤は全面的にカツトの対象とされ、届けのある場合には、三分の二のカツトがなされ、遅刻、早退について、月給者には前記の定めがあるが、日給者には定めはなく、ただ届出のあるものについては出勤とみなしている取扱いであり、届出のないものについての定めは、何らなされていないことが認められる。右認定事実によれば、届出のない遅刻、早退については、同条項の運用上、これを出勤とみなすことはできないわけであり、協定書記載の欠勤控除条項中、右緩和措置規定は、一時金削減の対象となる事項について特に緩和し、一定の割合により出勤したのと同様に取り扱う措置をとり得る場合を定めたものであつて、削減し得るものを限定して定めたものではないと認めるのを相当とする。したがつて、遅刻、早退についての緩和措置規定の存在は、欠勤控除条項に関する前記認定を左右するに足りるものではない。

また、時限ストにつき、従来一時金の削減がなされなかつたことは後記認定のとおりであるが、右事実から直ちに時限ストにつき一時金の削減をしないという労使慣行が存在したことは認められないことは後記説示のとおりであるから、時限ストにつき従来一時金の削減がなされなかつた事実もまた前記認定を左右するに足りない。

(3)  これを要するに、本件一時金の性質が如何ようにでもあれ、協約の効力として、被控訴人は、時限ストによる不就労相当分を削減し得るものといわなければならない。

(二)  また、控訴人は、控訴人の賃金(日給月給)は一カ月単位で支払われるから、細分割できず、一カ月単位の労働力を動かすに至らないささいな不就労を理由に、これを削減できないと主張する。しかし、<証拠>によると、被控訴人の従業員各人の日額が一日の労働時間を基準としているものであることが認められ、前記のとおり、一時金も賃金である以上、不就労の時間に応じ、前記協定の解釈の趣旨にしたがい賃金の削減がなされることは何ら不当ではない。この主張は理由がない。

三控訴人は、本件一時金の削減は、協約違反であると主張するけれども、ストライキによる本件一時金の削減については、先に説示したように、本件一時金についての協約中の欠勤控除条項により、時限ストも欠勤とされるのであるから、被控訴人のした賃金削減に何らの協約違反もないといわなければならない。もつとも、右欠勤控除条項中にいう欠勤の意味については、欠勤の語句の通常意味するところは、労働者が就労の義務を負うにもかかわらず、就労しなかつた場合を指すと考えられ、したがつて、ストによる不就労の場合を含まないと解する余地がないわけではない。しかし本件の場合全日ストについては、右条項中の欠勤にあたる旨の労使の合意が存すること、本件時限ストは、全体として全日ストと同視しうること、時限ストと対比される遅刻、早退についての緩和措置規定は、削減し得る場合を限定したものとは解せられないこと、等の点からして前記欠勤控除条項にいう欠勤の中には、本件時限ストによる不就労を含むと解釈するのが相当であることは前記のとおりである。これに反する被控訴人らの主張は採用できない。控訴人は、ストライキは憲法により保障された権利であるから、遅刻、早退以上に尊重されて然るべきであると主張する。しかし、憲法が保障するのは、ストライキ権自体であつて、その行使の結果本件一時金が協約により、削減されることは、何ら憲法の保障と矛盾背馳するものではない。控訴人のこの主張は理由がない。

四控訴人は、本件一時金の削減は、労働慣行に違反すると主張する。しかし、この点についての当裁判所の判断は、原判決がその理由中に説示するところと同様であるから、ここにその記載(原判決八枚目表七行目から一〇枚目裏七行目まで)を引用する(当審での新たな立証によるも、原判決の認定を左右しない。)。

五控訴人は、本件一時金の削減は、不当労働行為であると主張する。この点についての当裁判所の判断は、左記に付加するほかは、原判決がその理由中に説示するところと同様であるから、ここにその記載(原判決一〇枚目裏八行目から一一枚目裏一〇行目まで)を引用する(当審での新たな立証によるも、原判決の認定を左右しない。)。ただし、原判決一一枚目表三行目「協約等」から同七行目「属するものであること、」までを削り、そのあとに、「本件一時金についての協約中の欠勤条項の効力として、使用者たる被控訴人はストライキによる不就労を欠勤とし、一時金から、その相当分を削減し得るものであること、」を加える。

<証拠>を合わせ考えると、控訴人が前記第二の五の1で主張する事実中、組合が昭和三八年五月二日三重県地方労働委員会に不当労働行為救済の申立をしたこと、同4の事実中、組合が昭和四三年六月二〇日同地方労働委員会にあつせんの申立をしたこと、同5の事実中、被控訴人が昭和四五年一〇月二八日労基法違反罪により罰金刑に処せられたこと、同7の事実中、昭和四六年九月二〇日同地方労働委員会のあつせんの席上、被控訴人代表者市川実が「昭和四五年暮れの闘争のときは、時限ストが多かつたので、引くことにした。」との論旨の発言をしたことがそれぞれ認められるが、以上の事実をもつて、未だ直ちに本件一時金の削減が不当労働行為になるものと断定するに足りず、他に控訴人主張の如き不当労働行為意思をもつて本件一時金の削減をなしたとの事実を肯認するに足りる証拠はない。控訴人のこの主張は理由がない。

六控訴人は、本件一時金の削減は、二重カツトになるから、許されないと主張する。しかし、前判示のとおり、本件一時金についての協約の効力として、時限ストによる不就労相当部分を削減し得るものであるから、控訴人のこの主張は理由がない。

七控訴人は、本件一時金の削減は、信義則に違反すると主張する。本件一時金の削減が労働協約に反しないこと、過去における時限ストの際賃金削減をしなかつた例があり、その理由が前示のとおりであることなどに照らせば、信義則に違反するとはいえず、控訴人のこの主張は理由がない。

八控訴人は、本件一時金の削減は、権利の濫用であると主張する。しかし、前記二ないし七で説示した事情に照らせば、権利の濫用とはいえず、控訴人のこの主張は理由がない。

九以上の理由により、控訴人の請求はすべて理由がないから棄却すべきものであり、これと同趣旨の原判決は正当であるから、控訴人の本件控訴は理由がなく棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 松本武 管本宣太郎)

選定者一覧表<省略>

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